生きづらい原因とは?幸せに生きるコツはコレ!

こんにちは。ちょこです。

毎日生活する中で、どうしたらもっと楽しく生きれるだろうかと考えた事はありませんか?

ちょっと人に言われた事に落ち込んだり、悲しくなってしまったり・・・。

特に小さい頃って親の管理下で育つので、言う事を聞かないと究極、生きていけないですよね。

私自身もそうでした。

 

しかし、長年生きてきた中で、「こうすればいいんだ!」「こんな風に考えればいいんだ」という事が分かってきました。

それはズバリ、自分はどうだったら楽しいのか、どうだったら嬉しいのかを聞いて実行してあげるという事です。

 

そこで今回は、なぜ生きづらくなってしまったのかの原因や、楽しく生きるための自分への接し方について、私の経験を交えながらご紹介したいと思います!

 

私の人生は幼稚園時代に一度終わった

泣いている女の子

幼稚園に通っているころ、私は行きたくなくて毎朝泣いていました。

何故かと言うと、大好きなお母さんと一緒にいたかったから。

でも、泣き叫ぶ私を母はいつも幼稚園バスに乗せたのでした。

それで、私は小さいながら悟ったのです。

どれだけ泣いても誰も反応してくれないんだ。

誰も私の話なんか聞いてくれないんだ・・・。

 

という訳で、幼稚園時代は全く楽しくありませんでした。

幼稚園の卒園アルバムには一切笑っていない自分が写っています・・・。

 

唯一記憶にある事は、幼稚園を卒業する最後の日に、担任の先生が、一人ずつ前に呼んで、ひざに抱っこしてくれた事でした。

後になって思えば、これが、初めて自分の存在を認めてもらったんだという記憶として残っているという事です。

そして、この先生の名前は今も覚えています。

 

親や社会のルールに翻弄される学生時代

小学校に行ってからも、本人の意向は全く関係なく学校に行かされます。

給食の時間、おかずが食べれなくて残したかったのに、そんな意見も聞いてはもらえず、掃除の時間になろうが、食べ終わるまで机に座らされました。

やりたくない授業の科目も、本人の意見など全く関係なく、やらなければいけません。

ある日、私はどうしても行きたくなくて、熱があるフリをしようと、体温計(当時は水銀で出来た体温計)をポットから湧き上がる湯気であぶっていたら、温度が上がりすぎて壊してしまいました( ;∀;)。

でも、何とかウソをつきとおし、学校を休めた時のナンと嬉しかったことか!

 

また、親に自分の意見を言えば、「生意気な事を言うな!」「親に向かってなんだ、その口の利き方は!」と言われたり・・・。

自分の意見は聞いてもらえませんでした。

 

じゃあ、先生や親の言う事を素直に聞いてやれば自分は幸せになれるのかと、学級委員をやったり、テストで良い点をとったりしたけど、あまり褒めてもらった記憶もないし、全然嬉しくもありませんでした。

しまいには自分の事が嫌いになり、写真を撮られたり、録音した自分の声を聞くことも嫌いに・・・。

 

大人になってやっと分かった事

「そもそも何の為に生まれてきたんだろう?」

「人のいう事を聞くために生まれてきたんだろうか?」

と思っていたある日、あるコーチングの方の動画を見ました。

その方は、自分が「嫌だな」とか、不満に思った時は、じゃあ、自分はどうしたいんだろう?って考えてみようと言っていました。

どうだったら嬉しいのか、どうなれば楽しいのかを自分に聞いてみるって事です。

 

今までの思考パターンだと、

①イヤだと思う事があった

    ↓

②その事にどっぷりはまって、落ち込んだり八つ当たりしたり

で終わりだったけど、

 

①嫌だと思う事があった

   ↓

じゃあ、どうだったら嬉しいのか?を考える

   ↓

すぐに自分のために出来そうな事はないかを考えて実行する

というものでした。

 

例えば、私の場合、自分が嬉しく感じる1つに、自分のお気に入りのティーカップに紅茶を入れて一息つくという事があります。

今までは別に好きでもないカップで飲んでいたのを、自分のために気に入ったティーカップを買って、飲んでいたら、なんだか嬉しくて、自分を大事にしている気分になれました☆彡。

 

全く自分を大事に出来ていなかった

胸が痛い女性

今になって思えば、なぜ生きづらくなってしまったかと言うと、全く自分の事を大事にできてなかったんですよね。

だって、自分の喜ぶことじゃなくて、人の喜ぶことや、社会のルールに合わせていたから。

 

自分がどうしたいかじゃなくて、親はどうしたら喜んでくれるのか?とか、どうしたら先生にほめられるか?という考えで動いていたんですよね。

 

でも、なかなか子供時代って、自分一人で生きている訳じゃないから、自分のやりたいように生きるってなかなか難しい事でした。

 

自分を無条件で認めてくれる人がいれば、「あ~自分はこれでいいんだ」って思えるけど、応援してくれる人が周りにいなかったし。

 

当時は「学校は何が何でも行くところ」という親や社会からの圧力があったので、何かよっぽどの理由がないと、休ませてもらえなかったんですよね。

だから、台風などで学校が休みになると飛び跳ねて喜んでおりました。

 

 

 

 

「そんな事で自分が好きになれるの?」って思うかもしれません。

なんでも良いんですよ。自分が喜ぶ事なら、どんな小さな事でも。

でも、そんな小さな積み重ねが、自分の中の癒されていない部分を、変えていくんです☆彡。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

幸せを感じるには自分以外の誰かの意見ではなく、自分の声をちゃんと聴いてあげるということです。

いつも、「どうだったら自分が喜ぶか」「どうだったら自分が嬉しいか」という事を考えることが大事という事です。

もちろん、それが難しい時もありますよね。

その中で、自分に最大限してあげられる事をするんです。

私だってまだまだ出来ない時もあります。

実はこの記事を書きながら「あぁ、そうだった」って再認識しながら書いています( ;∀;)。

一緒に幸せになりましょう!

自分を幸せにしてあげましょう!

 

参考になれば幸いです☆彡。

イルカ達が飛び跳ねている
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